60年代生まれがおしゃれなパンケーキを見て胸に去来するもの

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おしゃれなパンケーキやホットケーキが小洒落たカフェで提供されて、

それが美味しいとかで?年がら年中テレビで紹介されている?

小麦粉で焼いた、言ったらヒラヤーチの親戚みたいなものが、

ギャ、ギャルの評判を呼んでいるなど、1968年生まれのオレからすると理解に遠過ぎて語りようもない。

我々世代はかなりの幼少期に挿絵入りで「ちびくろサンボ」という海外の童話を聞かされていた。

ちびくろサンボ」は今は差別的だということで、パソコンの変換でもすぐに出てこない。

そんなことはどうでもよい。

ひとつだけ言えること。

「三つ子の魂百まで」という言葉に反し、恐らくだが、我々世代、誰一人としてストーリーの主題自体は覚えていないと思われる。

恐らく今wikipediaで調べれば主題がどうとか、歴史背景がどうとか理解するのは簡単であろう。

でもオレはやらない。

どうでもいいから。

ただ、幼少期に絵本で見た最重要なファクター、最重要なアイキャッチに凝縮されるわけだ。

「トラがバターになる」

「そのバターでパンケーキを作る」

いやっいくら子供でも、トラがぐるぐる回ってバターって。

小2くらいでも朧気に「トラってネコ科」くらいは認識しているわけで

ネコなんて昭和50年代は路線バスに4,5匹乗っているくらいたくさんいたわけで(すいませんウソです)

バターはなあ・・・と、思いそうでしょ?

いやいや、それがなぜかトラがバターになる様をイメージできるわけですよ。

頭柔らかいから。(笑)

それぞれに自分のイメージでフェーズ1=トラ フェーズn=バターって。

まあ悲しいことに当時の子供が考えているバターって植物性マーガリンなんだけど。

(恐らく99%がホリデーマーガリン)

バターはおいといて、最も衝撃を受けたのは「パンケーキ」という言葉。

誰も聞いたことないのに魅力あふれ、且つ、新星の如く出てきたアイテム名。

当時の子供は「ケーキ」だけで普通に失禁してたレベルですから、

パンとケーキが突然合体して「パンケーキ」ってなんだよそれって。

クラスの中でも、挿絵がホットケーキっぽいからホットケーキということにしよう、

みたいに幼子が特定にクラスタの中で妥協し始めたりするわけだ。

それから何十年も過ぎて思うわけだが、

「バターがあったらパンケーキ」

コレ自体貧しさの象徴に思える。

今なんかバターがあったら「とりあえず冷蔵庫」になってしまった。

「溶かしバターめんどくさいな」ってクックパッドの奴隷になってしまった。

飽食の象徴になってしまった。

沖縄そば食べても感動しなくなった。

本当の幸せとは・・・

なーんてな。人生は諸行無常

そんなことはどうでもよいし、今を頑張るしかないのである。

 下が肥えて悲しけりゃ精進料理もネットで取り寄せられるし、

仁義なき戦い菅原文太みたいに、

「口が肥えて寒さが堪えるようではのお」

と趣味で言いたい人は言えばいいだけの話なのである。