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ポジティブ信仰者特有の百年錆びたボルトナットから滴るような救いようのない闇

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スリムクラブの好きなネタで以下のようなものがある。

真栄田「今から・・・僕達が・・・お話をして・・・僕達と・・・皆さんの」

「・・・心が通じ合った時・・・何が生まれると思いますか・・・」

内間「・・・・なんですか?・・・」

(絶妙に長い間をおいて)

真栄田「・・・宗教です」


全く意味はわからないけどしばらく爆笑した記憶がある。

 

ポジティブ推しを良く目にする。

SNSの普及=ポジティブ推しの普及と言っても過言ではないと思う。

”彼女とは別れたけどそれは次の出会いのチャンス!”

と、急に前向きなポエムが投稿されたりする。

そういうのを見ると本当は彼女でもなんでもないんじゃないかと考えたりもする。

道で見かける女性のこと言ってるんじゃないよな?お、おまわりさーん!

と言いたくなる。

大衆にそれを発信するということは、

それに励まされる人がいるかも知れないということだろうか。

しかしながら、

ポジチブ推しの人は本人自身、実はそんなにポジチブな性格ではないという事実がダダ漏れている。

頑張れ自分感が止まらない。

そしてポジチブなおじさんはモテない。

自分の闇をさらけ出すほうが実際はポジチブなのに、

前向きパワーを不特定多数に向けて発信してしまう。

「目指せ●●大学」と机の前に張り出す感じと似ていると思う。

友人に面白いくらいネガティブ思考の男がいる。

いつも話をするたびに彼のその思考に感心をする。

ロジックがイレギュラーしまくってる。

モーグルのコースで坂の上からノックを受けるくらい、

そのロジックを受け入れるのは難しい。

本人には悪いが面白いのでそのままで良いと僕は思う。

やはり彼にはいろいろとアドバイスをする人はいるらしいが、

概ね「もっと心を開いて飛び込んでいったらiiyo」

みたいな感じらしい。(そもそもそれができないこと自体が問題なんだけど)

SEALsの若者が、「北朝鮮が攻めてきたら福岡で一緒に焼酎飲んで戦争を止める」

と言っていたが、それに近い。

「Oh!それはステキなことだね!」

と言ってそっと電話帳からこいつの番号を削除するしか手はない。

 

ポジティブを肯定するのは良いとは思うが、

なんでそれをいろんな人に布教するのかが謎である。

ポジティブを推すのに、

対象者を否定し、価値観の画一化を目指すのはなんでなんだろう。

そうではなくて、今の自分を自分自身が肯定できるように応援しなさいよと言いたい。

「今のお前が最高傑作の人間だ」と他人が肯定してあげるのがほんとのポジチブだと思うんだけどなぁ・・・。

あ、でも僕は変にポジチブな人間にははっきりと人格否定するときある。

なにしろ僕は人格どころか背後霊的なものまで否定されたことあるし(笑)