ナビを探して③

デデデッデ デデデッデ

ウェンダナイッ!(スタンド・バイ・ミー

少年が数人集まれば未知への好奇心や冒険心など、

拙さ爽やかさが入り交じったドラマを彷彿とさせるが、

40代後半が群れるとどうしてもむさ苦しさだけが漂ってしまうものである。

40代後半が群れて良いのはゴルフ場と換気がうまく機能していない焼鳥屋というルールがあるのだが、

旧き友情を確認する旅というのもこれはこれで一興と思う。

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与論へ向かう2週間ほど前、よしけん経由でナビの携帯電話番号を教えてもらった。

サイジくんは既に電話をかけて、会話の途中で泣いたという。

それを聞いて僕は正直「・・・泣くば〜?」と思った。

泣く空気を想像することは電話を5日間躊躇させる。

しかしながら、いずれにせよ話をしないといけないし、

会いに行くのに話するのに躊躇するとか、

おじさんがアンビバレントな雰囲気になってどうする!

17歳のカルテか!

ウィノナ・ライダーか!

と自分を奮い立たせてナビに電話をした。

電話が繋がって、

ナビってこんな声だっけ?

こんな訛りだっけ?

という疑問を過ぎて、

あーこんな感じだったナーと思い出す感覚。

何しろ20年以上ぶりなのだ。

ナビは興奮していた。

我々が会いに来るのを心待ちにしてくれているのがわかった。

とりあえず安心。

よし!あとは楽しむだけだな!

という雰囲気になった。

当日、那覇港に早朝6時集合。

クーラーボックスをガラガラ引きずりながら家を出る。

道すがらコンビニで氷、ビール、ウィスキー、炭酸水を調達。

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ただ酒を買っているだけなのに、

気分は「ショーシャンクの空に」で調達屋だったモーガン・フリーマンになっている。

与論島にアンディが待っている、みたいな気分になる。

与論島に行くことを「ジワタネホに行く」と言う。

バカでしょ。

そして早朝の那覇港にダメ人間どもが集う。

ちなみに我々の合言葉は「俺たちダメ人間」である。

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朝6:30の写真

 

那覇港から与論へは大型フェリーで向かう。

あちこち経由しながら鹿児島に向かうためか、

那覇で乗った何番から何番の人たちはこのスペース、

という風に座るスペースが決められている。

朝からビールを飲むという自由な空気の中でまさかのルール。

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言いたいことも言えないこんな世の中じゃ・・・(ポイズン)

と一瞬思ったが、そこはルールなので従おうじゃないか。

我々は壁側に場所を陣取ってビールで乾杯した。

フェリーの2等客室特有の昔のアイルランドの移民感。

(それはタイタニックの影響)

フィドル持って来いや〜踊るぞ〜!

みたいな雰囲気だが、実際は地味に飲む。

本部港を過ぎるころにはウィスキーも空に近かった。

サイジくんが持ってきた甲類焼酎があったので助かった。

今日の天気は湿度も低く最高だ。

正当式の酎ハイがヤクルトみたいに入ってくる。

f:id:kkdsaur21:20161118102241j:plainメタルバンドの名残で写真のポーズは必ずこんな感じになります。

しかし大ちゃんこの風貌で思想はリベラルなんだぜ・・・。

 

船は沖縄本島から外洋へ。

とはいえ、与論島はすぐそこに見える。

「うぉージワタネホだ!」(違うけど)

テンション最高潮。

うっぷ、ちょっとトイレ行ってくる・・・。

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実はナビに会わなかったが、18年ほど前に与論島に来ている。

さらにその前にも与論島には来ている。

最初は与論サンゴ祭りに参加するため、

ナビのバンドでボーカルをしていた僕も、琉大ロック同好会と一緒に初めて訪れた。

20歳くらい頃だったと思うが、

その時はとにかくその琉大の人々の酒の飲み方が異常で、

ずっと引き気味だったのを覚えている。

あの頃Twitterなくてほんとによかったナーとつくづく思う。(笑)

与論島には”与論献奉”という回し飲みの習慣があり、

20歳あたりの、酒の飲み方覚えたての若者にはかなりハードであった。

最近だと渋谷のハロウィーンが問題になっているが、

あれを10数人でやっていたようなものである。

しかも与論の小さな小さな繁華街で。

自分の人生の中で”練り歩く”という経験はその時だけである。

「いやー練って歩きましたねー」と言いたくなるくらい。

2回目もサンゴ祭り出演のためだったが、その時はナビに会わなかったと思う。

船が与論港に入る。

巨大なロープをウィンチが巻き上げる音、

チェーンが滑り落ちていく音、

甲板にはかすかなオイルの匂いと、沖縄となにも変わらない空気。

豊かな自然とオリオンビール、こんにちは泉川ピートです。

 

次回いい加減に最終話