ワイセツな話

※すみません。ナビの話は一回飛ばします。

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先日、車を走らせながら、

「今度”プリンゴロス”という名のデスメタルバンドやりたいな」

と考えていました。(こんなことばかり考えて生きています)

あのヒゲのおじさんを顔をあーしてこーして・・・

妄想だけで楽しいです。

その昔、ワイセツ漁連という、自分の中では「工業メタル」というジャンルに属していると思うバンドを遊びで組んでいた時期があります。

「工業メタル」もこちらが勝手に考えたことで、

楽器の持つ曖昧さを全て排除し、ひたすらゴリゴリした音楽を奏でるバンドです。

チョーキングやヴィブラートなど、

少しでもエモーショナルなことをしたら死刑というルールでした。

ヴォーカルは中城のフィリップ・アンセルモと言われているケンボー。

当初は3曲目からはケツを出すというコンセプトだったのに、

後期は登場からケツを出すというワンパクさを発揮していた不世出のヴォーカリストでした。

 

この”ワイセツ漁連”という名称は、元々、我々の草野球チーム”ワイセツ産業”

から取られたもので、

バンド活動も草野球チームのスピンオフ企画だったわけです。

いつも試合をするときは、審判が、

「○○チーム対ワイセツ産業の試合を行います!」

と宣言し、試合前から相手が我々のチーム名で爆笑してくれて雰囲気が和む、

というチームでした。

まー今で言う出オチですね。

しかしながら、稀に

「ワイセツ産業さんってどこにあるんですか?」

と真顔で聞いてくる猛者もいましたし、

ワイセツ産業と聞いても誰一人笑わないチームもいました。

なぜワイセツ産業なのか。

これにはちゃんとした由来があります。

僕が18,19歳の頃まで遡ります。

友達のKくんと読谷の楚辺にあるYS産業という会社でアルバイトをしていました。

砕石場近くの殺伐としたロケーションの中にある、

木造の、まさに掘っ立て小屋の中で石材加工をするのですが、

完全にG-MEN75の望月源治(蟹江敬三)が住んでいるとしか思えない雰囲気ですよ。

蟹江敬三若林豪の戦いなんて今の若い人は知らないでしょーね。

蟹江敬三は昔怖かったんだぞ!」と若者に端折りすぎな説明をしているおじさんを

見たことがあります。

そのYS産業である日事件が起こります。

僕とKくんがちょうど昼休みに詰所で弁当を食べているとき、

尋常ではなく慌てに慌てた婦人が詰所に駆け込んできました。

「オッオッオジーヒータ」

「?????」

「そこで自転車に乗っているおじいさんを轢いてしまった!」

慌てて外を見ると、確かにおじいさんが道端に座り込んでいるが、

見たところ軽傷のようだった。

救急車を呼ぶ電話を借りるために婦人は詰所へ駆け込んだわけです。

黒電話で119番へダイヤルする婦人。

オペレーターと繋がったようですが、

興奮しててうまくしゃべれません。

その時、婦人が送話器を押さえて工場長にこう訊きました。

「ここなんて会社ですか?」

工場長は「YS(ワイエス)産業です」

と答える。

 

婦人「えっ?ワイセツ産業?」

 

これは奇跡だと思うのですが、

僕とKくん、同時に弁当噴きましたから。はい。

絶対笑ってはいけないときって、

なぜ笑いの神が降臨するんでしょうかね。

 

この時のKくんの顔は今でも鮮明に覚えています。

声に出せないので、その笑いを肩に逃し、

いわゆる肩で笑うっていうんですか?

恐らく30Cm幅くらいで大きく肩が上下していました。

僕はたまらず工場の裏へ逃げました。

 

それからですね。

いつかは「ワイセツ産業」という名称をどこかで使いたいと思ったのは。

 

それから数年後、草野球チームを結成した時、

チーム名をワイセツ産業にしたい旨を皆に尋ねたら、

まさかの全会一致で決まったいう。