ナビを探して①

半年くらい前のことだったと思う。

サイジに「えーわったーナビに会いに行かんとならんあんに?」

と言われた。

我々もいわゆるアラフィフと言われる年齢に近づき、

社会的にもある程度責任のある立場になり、

尿酸値が頭をよぎることもしばしば出てくる歳になった。

僕もそんな状況でナビの話が出てきたので少し驚いた。

それから少し間があって、

会いたいというより、会ってない理由ってそもそもないだろう、

という思いが頭をもたげ、

次の瞬間、強烈にナビに会いたい思いに駆られた。

ナビとの出会いは1988年だったと思う。

僕とサイジは別のメンバーとヘヴィメタルバンドを組んでいた。

細かく言うとNWOBHMミーツベイエリアみたいなサウンドだった。

もっとわかりやすくいうと単にメタリカのフォロワーとも言う。(笑)

関係ないが俳優の谷原章介エクソダスなどのベイエリアクランチが大好きである。

当時は時間が有り余るほどあったので、練習ライブ練習ライブと、

なにかに取り憑かれたように音楽に打ち込んでいた。

そんな中、あるライブで琉球大学のロック同好会であるというSさんというヒトが、

僕らに声をかけてきた。

Sさんは熱く僕らを賞賛する言葉を話し続けてくれた。

褒められて嫌な気になるわけがない。

Sさんは一見マジメそうなルックスではあったが、

どこか人をざわつかせる雰囲気を醸し出していた。

その後、実際にいろいろざわつかせてくれたり、とても仲良くしてもらったり、

かなり思い出深い人だったがそこは本編と関係ないので割愛する。

それからしばらくして、確かコザのフィリピンバーで演奏しているときだったと思うが、一際、LAメタルみたいな男が我々のステージ前でヘッドバンギングをしていた。

あのー、たまに”ヘッドバンギング”に”ヘッドバンキング”って言う人いますが、

そんな・・・ネットバンキングみたいに言わんでよ。

脳内で資産運用みたいに聞こえるし・・・。

・・・あ、はい、で、ロン毛でヘドバンなんで、

僕らも「ヤベ、本物来てる」みたいな空気になった。

ライブ終了後、そのLAメタルが話しかけてきた。

それがナビだった。

本名・大田実(言っていいんかな・・・まぁいいだろ)

漢字が左右対称でまるでHAWAII以来の気持ち良さである。

彼は「Sさんの大学の後輩です」と言うではないか。

「あ〜Sさんにはお世話になってます〜」僕ら。

メタルは律儀で真面目なのである。

それから毎回ライブにはナビが来ていた。

当然そこから仲良くなるのだが、聞くと彼もバンドを組んでいるという。

しかもSさんと組んでいるというではないか。

そのバンドが近々ライブをするとのことだったので僕はそれを見に行った。

確か琉大祭だった気がする。

彼らのバンドはミドルテンポの重くて暗い曲が多く、

我々のバンドより楽曲、アレンジ、バランス、コンセプト全てにおいて良かった。

「やられた〜」と正直思った。

「ちくしょー全然ウチラよかカッコイイじゃねーかよ〜!」と素直に妬んだ。

メタルは奥ゆかしくて謙遜しがちなのである。

ミイラ取りがなんたらではないが、結局、僕はすっかりこのバンドのファンになってしまった。

その後、僕らバンドは解散をした。

しばらくするとナビに誘われて彼のバンドにヴォーカルとして入ることになった。

人見知りな上にしゃべりかけ辛いと言われるこの僕が、

人のバンドに入るのは初めてで、

しかも、違う大学。

でも、バンドのメンバーもみんな快く迎えてくれていたし、(と思う)

おかげで琉大に友達がたくさんできた。

そのバンドどれくらいやったか覚えていないのだが、

かなり充実した活動をさせてもらった。

このバンドの次に新しいバンドを自分で組むのだけど、

経緯は忘れてしまった。

ひょっとしたら次のバンドを組む経緯で、いろんな人を不快にしたかもしれない。

あの頃の僕はそういうことを全然気にしなかった。

そんなわけで、サイジとナビのツインリードで、與儀さんがドラム、

仕方ないので僕がベースヴォーカルということでバンド構成が決まった。

ベースは結成後、コザの質屋で2万ほどのものを買って、

結局、バンド解散までその楽器を使った。

とにかく、ツインリードのアレンジばかりが湯水のように湧いてきて、

それをフィーチャーした曲をメインにしていた。

あと、與儀さんのアクションがトミー・アルドリッチだったのが気になったが、

5歳も歳上なのでなにも言えなかった。

毎週日曜の早朝に宜野湾のダイトウミュージックのスタジオに入って練習をした。

土曜の朝まで飲んで余裕の飲酒運転でみんな集まるというロックンローラーぶり。

バンドメンバーではないが、なぜか毎週練習に来るヒデキという男がいた。

いや、漢というべきか。

スタジオに着いたらタイヤがパンクしていることに気づき、

その場でスペアタイヤに交換していたヒデキ。

ダイトウミュージックの駐車場は坂になっており、

駐車場に面した道も坂道だった。(ドンキーコングみたいなかんじ)

交換中、立てかけていたタイヤ(パンクしたやつ)が、ひょんなことから転がってしまい、その坂道をそれはもうSpeed2(見てないけど)みたいに凄い勢いで転がっていったとき、一瞬追いかけようとしたヒデキが、

 

 

「しむさっ!」(もういいよの意味)

 

って諦めの気持ちを吐き捨てるように呟いたセリフが今でも語り草になっている。

全然よくないよ・・・。

 

ダイトウミュージックはナビのバイト先だったので、

練習時間など色々便宜を図ってもらっていたわけだが、

同じくそこでバイトしていたのが大ちゃんである。

大ちゃんも琉大生で、人当たりがよく我々もすぐに友達になった。

 

②に続く