電話修理屋だったころの話

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20代半ばから40前くらいは●TTの電話故障修理の仕事をしていました。

恐らく、のべ5,000件以上の企業や個人宅をぐるぐる回っていました。

イメージは・・・クラシアン森末慎二みたいな感じで概ねOKかと思います。

個人の経験則・・・もしくはひとりよがりのビッグデータで語らせてもらいますが、

「電話が使えない」ということで修理派遣されて行く家は、

7:3くらいの割合で貧乏の家が多かった気がします。

パンチの効いた人やトリッキーな人も多かったですね。

思い出の残ったケースを書いてみようと思います。

 

「盗聴に怯える三島由紀夫似の不動産屋」

電話の盗聴を疑う人は結構多いです。

今では探偵事務所やそれ専門の会社に依頼することが多くなっていますが、

昔はNT●に依頼をするパターンが結構ありました。

某市の不動産会社に対応で行った時のこと。

盗聴されているとのことであちこち調べたのですが、特に異状は見つかりません。

その旨を伝えて帰ろうとしたら、

三島由紀夫似のその会社の社長が重苦しく相談を(勝手に)始めました。

三島由紀夫似なんで、クーデターでも促すのかなと思ったら、

「いつも帰る時には勝手口にセロハンテープを貼るのだが、今日来たら剥がれていた」

とのこと。

どこからツッコんでよいのかわからず生返事をしたのを覚えています。

数ヶ月後にその事務所は空き家になっていました。

 

「深読みの過ぎた人」

対応中に相談があると言われ、回線利用料の明細書を突きつけ、

自分の電話番号を指でなぞりながら、

「これ(電話番号に)、4という数字が2つもある」

「昔、NTTとケンカしたことあるから嫌がらせに違いない」

「訴訟を起こしたいので証人になってほしい」

「隣の部屋に住む女性に彼氏ができて夜うるさい」

最後はちょっと関係ないと思いますが、

シャレでもなく真面目に語っていました。

トリッキー過ぎですよね。

 

「保健所で対応すべき人」

中部の某市。

家について呆然とした。

ボロボロの家屋は玄関がゴミ溜めになっており、

完全に封鎖されている。

というか、人住んでるの?と思いとりあえず家を一周することに。

「オイ!オイ!」

という声が聞こえた瞬間、その家の窓からおじさんが僕に声を掛けていた。

部屋から糞尿のニオイや、混ざっていけないもの同士が混ざり合って、

人類にとってあってはならないケミストリーを醸し出しているニオイがする。

「本当にクサイのって目に来るんですね!」

そのとき生まれた僕の名言(脳内でしか言わないけど)

これからこの人の対応をしないといけないのか・・・

気絶しそうになる。

 

おじさんは当然、髪ボサボサでヒゲ生え放題なんですが、

上はランニングシャツで、下は・・・

アレ?なにも履いてない?

「うわ〜クマのプーさんのスタイル!」

と思うわけもなく、ひたすら固まってしまいました。

おじさんは、これが壊れていると言わんばかりに電話機を窓から僕に突き出しました。

600-Pという初期型プッシュホンで、

恐らくベテランの業界人しか知らないであろう旧き良き時代の電話機です。

これは困った。

外線の修理なら良いが、電話機を取り替えるにせよ家に入らないといけない。

「この家に入るくらいならクビになっても構わない」

カジュアルにそう思える程の家です。

故障修理業務を管理している人へ電話をかけて相談しました。

すると予想外の一言が・・・。

「あーその人保健所に通報しているので、対応はしないでいいよ」

「・・・・・あんたらが手配して対応させたんでしょーが!(北の国から)」

この家も数ヶ月後には更地になっていました。

この家で1点だけ気になったことが。

おじさんが声をかけていた窓に、

”おーいお茶”が10数本窓枠に並べられていて、

なんか気味が悪いなーと思ったんですが、

はじっこだけルートビアだったんですよね。1本だけ。

とってもとっても心の中でツッコみました。

今思うに、立った時に下半身をギリギリ隠すパーテーションの意味だったかも知れませんが、そっちより、1本だけルートビアというところにツボがありましたね。

 

「アンダーカレント」

真夏の灼熱のある日。

浦添市の白い一軒家。

褐色の肌でどこの国の人かわからないんですが、

エキゾチックであきらかに一般人ではないオーラを放つ女性。

家に入ると内装も白で統一され、玄関は吹き抜けになっており、

エアコンはフルパワーで動いている。

奥にアンダーカレントのジャケ写がフレーム入りで飾られている。

音楽は誰かは知らないがフュージョンが流れている。

汗がどんどん引いていき、作業も無事修了。

対応 を終えたクラシアンだったんですが、

エキゾチック美女が大きめのグラスにクラッシュアイス、

そこにお茶・・・いや、ティ、ティーを注いで差し出してくれた。

もう灼熱の外部に出たくない。

ずっとこの涼しいお家にいたい。

しかしそんなわけにもいかず、

泣く泣く灼熱の元、次の現場に行くのです。

街中でそういう作業者を見ると心の中で「頑張れよ」

と心で思うのです。

熱中症に気をつけましょう。

 

 

 

 

 

 

 

「レディース」について

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更年期になるとジェンダー思想になる確率は若年層の2倍になると言われています。

(嘘ですけど)

メンズとかレディースとか●●ちゃん、●●くんは差別、

人間みんな平等云々・・・あーめんどくさい。

「レディース」という言葉があります。

昔からこの言葉は暴走族の女性部門のイメージが強く、

なかなか上書きされないので困っています。

巷にはいろいろなレディースが存在します。

「レディースビール」

量が少ないらしいです。

「レディースカレーセット」

辛さ抑えめ?なんだろう。

新潟アルビレックスレディース」

スポーツ知らない人にはなにがなんだかわからないかと。

なんか作ろうと思ったらいろいろ作れる気がしてきますね。

世良公則&ツイストレディース」

男たちの挽歌レディース」

男はつらいよレディース」

箱男レディース」

ブルターニュ産 オマール海老のコンソメゼリー寄せ キャヴィアと滑らかなカリフラワーのムースレディース」

「脳外科手術の失敗レディース」

レストランでレディースカレーセットを取る男性はこの世に存在しますが、

なんていうんでしょう、いちいち面倒な感じがしてしまいます。

「あ、これレディースだからオレだめだ」みたいな・・・。

 

フィンガー5全盛の頃、

”アーユーレディ?イエー”の下り、

「オマエはオンナか?」「そうです」

と訳してくれた近所に兄ちゃん。

英語理解しているということで全力で羨望の眼差しを向けたな・・・。

そんな上野千鶴子を怒らすような歌の出だしがあったら大変だよね。

バールのようなもの問題

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バールはホームセンターに多数あると思いますが、

バールのようなもの」は事件などの報道で多数見受けられます。

概ね「バールのようなものでこじ開けられた形跡があり・・・」

という使われ方をします。

絶対バールなんだよね。

うん、これは誓ってもいい、バールですよ。

でも、”のようなもの”としか言えない。

だって、現物がないんだもの。

こうして、事件報道の慣用句としてバールのようなものが誕生しました。

いわゆる記号化ですね。

バールのようなもの”は何の気なしに聞き流せる言葉ですが、

執着すると気になって仕方ありません。

記号化で済ませられない問題に思えてきてしまいます。

「1日に1万歩歩く人は長生きするデータがあります」

病気や死にかけの人は歩けないので比較するとそうだよね。

そんな感じです。

この間、ある経営コンサルタントの動画をYou tubeで観ました。

「良い会社ってのはね・・・(溜める)・・笑顔が多いんですね。」

「感謝の言葉で溢れてるんですね」

・・・

そりゃそうでしょうね。

給料を今の倍社員に払いましょう。

みんなずっと笑顔だと思います。

笑顔が止まらないと思います。

しばらくの間は・・・。

でも大体は教義化するので、このセミナーを受けた経営者は、

会社に戻って社員に笑うことを強要するでしょう。

笑顔になったら会社が良くなるというオモシロ逆算です。

あ、そうだ、社員のシャツの背中には「感謝」って文字を入れようね明日から。

 

 

コピー機が売れない(笑)

headlines.yahoo.co.jp

 

出世するのが目的になったり、何かと内向きな組織になるとこうなるんだろうね。

売れなくなってからコピー機が売れないって・・・(笑)

会社というのはエンジンを切ると沈む。

エンジンとは成長戦略であり、リスクヘッジであり、

それらを分析しながら生き残るための”推進力”だと思うのだけどどうなんでしょう。

リコーは野武士集団と言われていた?らしいけど、

まぁ昭和の営業スタイルで食えてた時代があったんでしょうね。

人間は成功体験からなかなか抜けられない。

成功体験をなかったことにすることもひとつのリスク回避になる。

気づいてからではもう遅い、

不況だとか外的要因のせいにしたり、

社員の生産性になんらかの問題があるのかと思って仕組みを変えたり・・・・

無能な経営陣は自分が無能であることは気づかない。

いや、気づきたくない。

そして、責任を取らない。

潰れる会社は世の中から必要とされていない。

富士フィルムなんて、誰もフィルムなんて買わないけど光学技術を応用して、別分野で成功しているし。

写ルンです誰も買わない!」とは言わなかったはず。(笑)

リコーと見事なまでの対比だと思う。

 

 

中坊の自分へ

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小3のときにKISSの武道館ライブをNHKで見た。

ジーン・シモンズ血反吐を吐いたり、

花火があがったり、そりゃーもうサーカス状態で目がチカチカ。

完全にロックンロールにヤラれた小学校3年生。

ちょうど、家には姉貴が所有するKISSのアルバムがあったし、

ミュージックライフ誌が山積みの環境だったので、

小6の頃には外タレ200人くらいの名前や属性を記憶していました。

うーん、そのメモリを勉強に使っていたらという後悔がなくもないな・・・。

中1になって、とにかくエレキギターが欲しくなった。

欲しすぎて、教科書にギターの絵ばかりを描いていた。

ギブソンフェンダーは遙か手の届かないことは分かっていましたが、

「平凡」や「明星」の公告にあるエレキの公告、

あれは頑張ればどうにか手が届くかもと思わせるものでしたねぇ。

一人きりのコンサートinマイルーム

誰に聴かせるのか君の(アフロ)愛を・・・

当然、ギターなんぞ触ったことはないが、

「手にしたその日に弾ける」と書いてある。

なんだか知らないが画期的な練習法があるらしい。

(後でわかったことですが、単にフレットに番号のシールを貼るだけだったみたい)

うおーこのフェンダームスタング(のパチもん)欲しい〜!

マイルームで一人きりでコンサートしたい!

あ、オレ自分の部屋ないや、みたいに悶々としたものです。

 

中でもギブソンレスポールは憧れ中の憧れで、

雑誌で何時間でも眺めいていられるものでした。

(えーこの時点でもギター弾けるどころか触ったこともありません)

イケベ楽器の公告でジャンボ鶴田(本名・鶴田友美)がレスポール・スタンダードを持って微笑んでいます。

レスポール小っちゃ!ウクレレみたい。

ジャンボ鶴田がでかいのです)

ジャンボ鶴田の”ルー・テーズ仕込みのへそで投げるバックドロップ”

は日本国民全員が知っている常識ですが、

その頃はまだテーズに師事しておらず、

”へそで弾くレスポール”みたいな感じでしたね。

その頃のギブソンレスポールは最低価格で35万でした。

1980年頃です。

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その頃は「スズキアルトは47万円」というCMが流行っていました。

やがて車並の値段ですよ・・・。

そして中1の僕は平凡明星の公告の世界へ戻るのです。

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月賦で月2,500円!

トムソンというメーカーですが、巧いことに、

遠くから見るとストラトFender,レスポールGibsonとヘッドに刻印されているように見えます。

徐々に近づいていって初めて、「あーtomsonって書いてある」と気づくのです。

当時の日本人ユニ〜ク。

いずれにせよ、この金額なら母親にお願いすればどうにか・・・

と思うのですが、

その少し前に高額な教材セットをねだって親に買ってもらい、

見事なまでにページを開かないというやらかしをしていた僕は、

家庭内での与信が通らない状態でした。

財務諸表をプラプラされて経営計画書を銀行から書き直される会社と一緒です。(涙)

てるみくらぶのような粉飾決算もしようもありません。

そして中3まで悶々と過ごすのです。

途中、レース鳩を飼ったりと、ニーヌ・マッケンジーみたいに気を紛らしている時期もありました。

そして、遂に高1になる前の春休みだった気がするんですが、

親友と那覇ショッピングセンター内照屋楽器那覇店にギターを買いに行きました。

友人はシンセサイザーで僕はギター。

一緒にバンドやろうな!(この時点でもギター触ったことありません)みたいに、

意気揚々と思いを込めた1本を選びました。

価格は23,000円でした。

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※写真はイメージ

 

白のストラトで”アリアプロⅡ”と説明書きがありましたが、

ヘッドにはなにも書かれていませんでした。

店がそういうのだからアリアプロⅡなんだろうと。

とにかくルックスが気にいって購入しました。

60歳前後のおじさんが、

「昔、那覇に行ったとき」と話せば、

必ず「1ドルあったらそば食べた帰れた」というセンテンスが入ります。

もう、構文です。SVCです。わからんけど。

我々も那覇に行ったらそばを食べた気もしますし、

那覇ショッピングセンターの地下でカレーを食べたのかもしれません。

我々の時代は、「那覇=そば」というより、

那覇=ヤンキーにカツアゲされる」

くらいの世界でしたし、

冗談でもなんでもなく、首里城の門を遠くから見て、

「あーあれが石田中学校か〜」

ってマジで話してましたからね。

読谷の人なんか、瀬長島を宮古島と思ってたくらいですから。

(すいませんこれはウソです読谷の人ごめんなさい)

 

で、喜び勇んでギターを持って家に帰ります。

ケース?ついてないですよ。

裸で運搬ですよ。

後にバンドを始めたとき、ギターをストラップで背中に担いで、

スクーターで移動していましたから。

プリンスのPV見た時「あっパクられた!」って思いましたしね。

 

帰宅すると姉貴がギター触らせてと言います。

「いいよー」と渡した瞬間、

普通に、というか自然体で?

姉貴がストーンとギターを床に落とすじゃないですか。

(思いの外重たかったみたいで)

はい、ギターの下ひび割れてまーす。

まだボク玄関でーす。

家に入って30秒くらいで傷モノでーす。

確か、泣いた気がします。(笑)

今思い返してもかわいそうな話ですよほんとに・・・。

 

それから何十年とギブソンは僕のアイドルだったわけですが、

その頃の泣いている自分に伝えたい。

 

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「オマエ将来ギブソン持ってるよーしかも2台!」

と。

あと、ジャンボ鶴田が残念なことに思いのほか早く亡くなるよ。

 と。

 

ポジティブ信仰者特有の百年錆びたボルトナットから滴るような救いようのない闇

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スリムクラブの好きなネタで以下のようなものがある。

真栄田「今から・・・僕達が・・・お話をして・・・僕達と・・・皆さんの」

「・・・心が通じ合った時・・・何が生まれると思いますか・・・」

内間「・・・・なんですか?・・・」

(絶妙に長い間をおいて)

真栄田「・・・宗教です」


全く意味はわからないけどしばらく爆笑した記憶がある。

 

ポジティブ推しを良く目にする。

SNSの普及=ポジティブ推しの普及と言っても過言ではないと思う。

”彼女とは別れたけどそれは次の出会いのチャンス!”

と、急に前向きなポエムが投稿されたりする。

そういうのを見ると本当は彼女でもなんでもないんじゃないかと考えたりもする。

道で見かける女性のこと言ってるんじゃないよな?お、おまわりさーん!

と言いたくなる。

大衆にそれを発信するということは、

それに励まされる人がいるかも知れないということだろうか。

しかしながら、

ポジチブ推しの人は本人自身、実はそんなにポジチブな性格ではないという事実がダダ漏れている。

頑張れ自分感が止まらない。

そしてポジチブなおじさんはモテない。

自分の闇をさらけ出すほうが実際はポジチブなのに、

前向きパワーを不特定多数に向けて発信してしまう。

「目指せ●●大学」と机の前に張り出す感じと似ていると思う。

友人に面白いくらいネガティブ思考の男がいる。

いつも話をするたびに彼のその思考に感心をする。

ロジックがイレギュラーしまくってる。

モーグルのコースで坂の上からノックを受けるくらい、

そのロジックを受け入れるのは難しい。

本人には悪いが面白いのでそのままで良いと僕は思う。

やはり彼にはいろいろとアドバイスをする人はいるらしいが、

概ね「もっと心を開いて飛び込んでいったらiiyo」

みたいな感じらしい。(そもそもそれができないこと自体が問題なんだけど)

SEALsの若者が、「北朝鮮が攻めてきたら福岡で一緒に焼酎飲んで戦争を止める」

と言っていたが、それに近い。

「Oh!それはステキなことだね!」

と言ってそっと電話帳からこいつの番号を削除するしか手はない。

 

ポジティブを肯定するのは良いとは思うが、

なんでそれをいろんな人に布教するのかが謎である。

ポジティブを推すのに、

対象者を否定し、価値観の画一化を目指すのはなんでなんだろう。

そうではなくて、今の自分を自分自身が肯定できるように応援しなさいよと言いたい。

「今のお前が最高傑作の人間だ」と他人が肯定してあげるのがほんとのポジチブだと思うんだけどなぁ・・・。

あ、でも僕は変にポジチブな人間にははっきりと人格否定するときある。

なにしろ僕は人格どころか背後霊的なものまで否定されたことあるし(笑)

 

 

 

昭和の営業

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石垣島に行った際に必ず寄る飲み屋さんがある。

客の構成はざっと見て、

観光客3割

地元の自由な感じの人たち(主に移住者)3割

その他3割

営業っぽい人1割といったところ。

その場で見るからなのか、

営業の人たちがなぜか悲しく見える。

僕もスーツを着て普通に営業の人間なので言える立場ではないが、

周りとのコントラストのせいか、

やはり悲しく見えてしまう。

営業という仕事でそこはかとなく悲哀を漂わせている人は少なくない。

コールセンターのSVレベルの人たちが、

必要以上に謙りすぎる癖がつくのと同様、

「買ってもらう」という行為をずっと続けていると悲哀が出ても仕方ない気がしないでもない。

昔の考え方で言えば、営業というものは、

①分母をひたすら多くする(下手な鉄砲ナントカ)

②とにかくクロージングをする(契約取ってこい)

③目標数字をあげる(マネジメントではなくヒマな上司のための「仕事のための仕事」)

というところが守備範囲だった。

「クロージングをしたら次に行け」

という感じなのでクロージングマシーンと化すしかない。

ユーザーがハンコを押すのを血眼になって見届けるのが昭和の営業。

 

以前、こちらがユーザ側の立場だったときの話。

仕事を依頼したら対応が素晴らしかったので、

その後も引き続き仕事の依頼をした会社があった。

打ち合わせは現場の人とするのだが、

契約前は担当営業という人と打ち合わせをする。

それはその組織の体制だから仕方ないのだろうが、

その役割分担はこちら側(ユーザ側)との関係性を良くはしなかった。

事務的だから、ということではない。

仕事は現場の人とするわけだから、関係性はどんどん密になっていく。

(現場の人が無能だったら悪くなる)

しかし、今後の仕事の話になると、営業担当が出てきて、

その人と話をしないといけない。

そうなると、ユーザ側からその営業担当に対して次第に、

「なんなんだコイツ」と思い始める。

仕事の内容も完全には理解していないのに、

契約のときだけ現れる。

現場からフィードバックを受けているとはいえもはや代打感が出ている。

「こんなんでは良好な関係になれないと思うし、お宅も効率悪いと思うけど」

「そうなんですけどね、会社の都合で・・・」

かわいそうである。

そりゃあ居酒屋で悲しさがにじみ出るのも仕方ない話である。

 

現代の営業は違う。

契約を取れたということはチャンスをもらったということで、

その期間中に最大限のサービスを施し、

「この会社以外は論外だ」と思わせるくらいのパフォーマンスを発揮しないといけない。

契約というのは相手に「託す」という意味であるということを理解しければならない。

「託す」と「試す」はニアリーイコールなのである。

それを持って自分なりに常に大事にしていることは以下の通り。

※結構偉そうなことを書いているが個人の知見で嘘はありません

 

①営業もプロになれ

商社の営業マンを見るといつも感心する。

彼らは何百ものアイテムを栄枯盛衰の中で淘汰され、また生まれたてのものまで、

全てに関して熟知している。

勉強をしているということがすぐに理解できる。

「あーちょっとそこ解らないんでSEに聞いて連絡します」

というセリフはあまり聞かない。

昭和の営業は情熱しかないので、

「わからないですが、御社のために精一杯頑張ります!」

とでも言うのだろうが、

ユーザからしたら迷惑で鬱陶しいだけだ。

ユーザは高い専門性を欲して相談しているのに、

自分と同レベルの素人に頑張ると言われてもざわつくだけある。

 

②無理くり好かれようとするな

正直言って、人間の好き嫌いでモノを買うのは、

60歳以上の余裕はあるけどちょっと淋しがりやの経営者だけである。

しかも、営業の人柄を買うというより、

その営業マンと自分の関係性に価値を見出しているである。

勉強をしない営業は永遠に自信を持たない。

下の上の営業マンは相手に取り入るために策略を立てる。(人脈とかコネとか)

下の下の営業マンはひたすら相手を褒める。

とにかく褒めれば好かれると思って頑張る。

頑張り方がそれしか知らないのである。

好かれるに越したことはないが、

相手に感動を与えれば嫌われることはないし、

信頼は得られるわけだからそこに注力すればよい。

そのためには①が必須になる。

 

①②ができなくて営業を名乗っているのであれば、

それは完全に昭和の営業である。