本棚には「成りあがり」一冊あれば良い③

f:id:kkdsaur21:20170204102811j:plain

あるとき、

「子どもの頃は先生が成績をつけてくれる。しかし大人になるとどうか?

上司が成績をつけるんなら媚びればよいけど、それは客観的な評価か?

大人の成績を客観的に測るひとつの尺度としては給料の金額だ」

と言ったら、その場に居合わせた人間数人が猛反発してきた、ということがある。

では、他に”客観的”な評価ってなにがあるのか訊いてみたら、

”家族の笑顔”とか、”仕事の達成感”と言ってきた。

いやだからそれは主観なの。

自分の心持ちひとつでどうにかなるわけ。

で、客観的に見れるのって何よ?

一同・・・・・

この時思った。

東京からビジネスで会う人と沖縄の青年の明らかな違いがなんなのか、

ずーっとわからないままでいたのが、

スコーンと「あぁこれか!」と言うのがズバリわかった。

つまり、客観的なものは要らない、ということなんだと。

かっこよく言えば、今を生きている。と言えるが、

自分のキャリアをいかに伸ばすかという考えは希薄であり、

悪く言えば向上心がない。

向上しようとか自分のキャリアに目線を向ければ周りから刺される空気というものが沖縄にはあるなと思った。

この文章を読んでも、勝手に自分が傷つけられていると思う内向きの人間は多いと思う。

傷つけられることばかりに注意が行っているヤツは本当に多い。

極論だが、

上昇志向がない→嫁から呆れられる→夫婦仲悪化→DVが一番多い県

となっている気がしないでもない。

自分の人生なんだから、自分で頑張ろうね。

「成りあがり」の主題は、図らずもそのようになっている。

 

”どうすればアメがなめられるのか。

いや、それどころじゃない。

どうしたら腹いっぱいメシが食えるのかってことばかり考えてたよ。

小学校の可愛い盛りの子供が、そんなことばかり考えるなんて、異常だよ。

そう思いません?

単にそいつの家が貧乏だからって済ませちゃうんじゃ、あまりにも差別だよ。

でも、現にオレの背景はそれなんだ。”

 

矢沢永吉は金を稼ぐことが成功だとは思っていない。

しかし、「世の中金ではない」というキレイ事を忌み嫌う。

それはやはり自分のバックボーンにあるということを自分自身で理解しており、

ある意味、この思考回路は仕方ないと思っている。

諦めと自己肯定。

自虐と自尊心。

 

”でも、そういう「金で買えないもの」って言い方には、すごく抵抗があるんだ。

金があれば、二兆円ぐらい持ってたら、京王プラザなんかでも買える。

でも言われるだろう。「彼はきっと孤独なんだ」

うん、孤独かもわかんない。オレ、進んで孤独になる。

オレにはそっちの孤独の方がいいから。

長屋の孤独、嫌いだもん。大邸宅の孤独を選ぶ。

もうごめんだよ。長屋の孤独は・・・。”

 

圧倒的貧乏(カイジ風)を経験し、そこから光を求めて努力した矢沢永吉

真似しようにも真似しようがない生き方であり、

まるっきり参考にはならないが、

自分の闇の部分も全て受け入れているように思える。

そして言葉には一遍の嘘も感じない。

白々しさも感じない。

これは全編通じて言えることである。

 

”・・・ほんとは銭じゃないのよ。

ほんとは銭じゃない。オレに、こんなに銭だって思わせた何かに腹立ってる。

そう思わせて二十八年間やってこさせた何か。

ホント、悲しい、実は。”

 

・・・まだ28歳かい!

とツッコむのはおいといて、

手に入れたいものを手に入れるとそこで意味をなさなくなることも多々ある。

ということを深く実感させる言葉である。

 

劣悪な家庭環境にある子供は概ねグレる。

同じ境遇同士でファミリーを作って孤独な心を埋める。

ヤンキーがグループになるのはそういった理由がある。

ヤクザの世界でもわかるように、

他人と親子や兄弟になり、それが肉親よりも強い絆としている。

僕も「仁義なき戦い」のお正月のシーンなどを見ると、

ふわっと、「あぁ楽しそうだな」と思ってしまうくらいである。

今年、山口組の餅つき大会のニュースを見てほっこりしてしまったくらいである。

矢沢永吉という人は”グレる”という既定路線からは少し離れたようで、

それはあまりにも劣悪な環境だったことが起因しているのでは思われる。

人間はあまりに辛いと現実逃避で妄想に走ることがあるという。

 

”学校、嫌いだったな。ずっと好きじゃなかった。

勉強はいやだったし、いつも窓の外を見て、ぼんやり考え事をしてるのが楽しかった。

あの庭に円盤が降りてきて、宇宙人が出てきたらどうしようか。

やっぱり、握手して乗せてもらうかとか・・・。”

 

自己肯定は難しいが、自分を何かに仕立てて肯定することは難しくはないと思う。

ただ、そこまで思い込めるかということ自体が普通、無理なのだが、

矢沢永吉の幼少期の現実逃避癖が後のスーパースターである矢沢永吉を創ったのではないだろうか。

自分を売り込むのではなく、自分の中の自分をプロデュースして売り込む、

という感覚はその後の回想録でもよくわかる描写が多数出てくる。

 

つづく

 

 

 

 

 

本棚には「成りあがり」一冊あれば良い②

f:id:kkdsaur21:20170130113229j:plain

 

昨夜、武井壮の幼少時代の話がテレビで流れていた。

物心ついたときには父子家庭、その後、父は別で家庭を築き、

武井は兄と2人でアパート暮らしをしていたそうだ。

父親は子どもふたりに生活費だけを払っていたという。

今なら逮捕案件である。

ネグレクトであり、映画「誰も知らない」である。

テレビでは武井壮が自分の哲学のようなことをたくさん話していた。

テレビを観ながら、そんな武井壮矢沢永吉と全く同じだ、というふうに思った。

図らずも、また、悲しいことに、子どもの頃に独立心が育ち過ぎると、

異様なまでに自分を俯瞰するようだ。

他人との交わりなどではなく、自分に対してのみ大きな感心が行くというか、

自分を他人のように育てていくような考え方・・・。

独立心こそが生きていくための支えになっていた、

生き方そのものだったんじゃないかと思える。

不憫過ぎて見てられないと思っていたが、

誰しも事の大小あれど、人生の中で不幸だった時期もあるはずだ。

問題は、それらに引きずり込まれていないというところである。

矢沢永吉は、

「オレは悲しみのヒーローだったかもしれないがイジケのヒーローではなかった」

と言った。

それは武井壮と同じマインドのように思える。

しかしそれらは、よくある「ポジティブに行きようね〜」

「明けない夜はないよ〜」「負けないこと逃げ出さないこと(後略)」

のような中身空っぽのキャッチーな教義めいた腐りかけたお土産品のペナントみたいなものではなく、

まさに「自分自身のため」である。

そういって頑張る人たちは、成功すれば僻まれることになる。

「あの人、自分のことしか考えてない」

と言われるのである。

世の中は難しい・・・

永吉は小学校低学年から祖母との暮らしを始める。

祖母は今で言うシルバー人材センターのようなところからたまに仕事を請けるくらいで、当然、ド貧乏な暮らしである。

”少しずつ四年生、五年生になってわかるわけだよ。

そう、家は貧乏なんだ、と。おばあちゃんに、あの頃、いつも言ってた。

「おばあちゃん、おもしろくない」

これが口癖だった。おもしろくない。なんで。こればっかり言ってたみたい。

おばあちゃん、そうすると「おもしろいとこ行け」って、

たまに涙浮かべてた時もあったな。”

祖母は息子たちの援助を全く受けずに生きていたそうだ。

永吉はその祖母の姿に「自立すること」が重要であると少しずつ考えるようになる。

貧乏を嘆くのではなく、どうやったらより良く生きられるか。

こんな子ども・・・絶対なにやっても成功するよね!(笑)

そして、暗闇ではなく小さな灯火に喜びを見出す。

子どものくせに達観してしまう永吉。

”朝起きると、おばあちゃんが釜のところで木くべて、

ごはん炊いてる音が、コトコトコトコト聞こえるわけよ。

お母さんという感じじゃないけどさ。

「永吉。起きよ」

その声がうれしくてね、むくっと起きるの。

そうするとオレは、新聞を敷くわけ。

新聞紙をパッと敷いて正座して待ってる。

「ほーれ、ご飯食え」

と、ごはん、パッとくれる。

おかずは、必ず、一品料理というか、ごはんと何かひとつ。

その何かというのは味噌汁かもわかんない。

コロッケかもわかんない。ひと品。(中略)

もっとオカズにしたい場合は、醤油をちょっと足すとかね。

それ、おいしいおいしいと食べるからおばあちゃんはそれをメインにするわけ。”

日々の生活にありがたさを感じる永吉。

しかし、子どもなりに他所と自分が違うということを感じさせられることもあります。

 

”「おばあちゃん、オレ誕生日なんだ」

「それがどうした」

わかるだろ?関係ないわけよ。そんな誕生日なんて。

でも、さすがよ。おばあちゃんがオレにしてくれたことは。

卵をふたつにしてくれた、その日だけ。

卵の買い方。オレよく覚えてる。

「おまえ、永吉、好きな卵買ってこい」と言われたことがある。

十三円とか十二円とか、一円違うだけで大きいのよ。

それ一個選ぶの。で、誕生日はふたつ。

「あ、おばあちゃん、今日は卵がふたつ入ってる」

「そうだよ。誕生日だからね。卵と思って食うな。ニワトリ2羽殺してくれたと思え」と言うんだよ。

とてもうれしかったよ。ニワトリの元って、卵だもんね。

そういう朝飯だったな、オレたち。”

 

えーっとすみません、ティッシュ箱ごとください!

 

 

 

 

本棚には「成りあがり」一冊あれば良い①

f:id:kkdsaur21:20170111184242j:plain

ビジネス書、成功本の類は非常に面白い。

きれいな予定調和で市場が形成されているところがなんといっても面白い。

いわゆる成功本を買う人の心理というのは、

その書物からなにかしらのヒントを得て、

それを教義化して自分自身に落とし込みたい。

つまり、自分も成功したいtooみたいなものだと思う。

書き手側はどうかと言うと、

「いやーあん時そうやって良かったよ、ラッキー♪」

みたいに書くわけにはいかない。

なにかを教義化しないと読む人が困るから。

しかし、そういった教義的なものが入っている本を何百冊と揃えても、

最終的には、

「感謝の心が大事」

というところに行き着く。

そして感謝教の教徒が増えていく。

まぁ感謝すること自体は無害なので、勝手にあちらこちらで感謝していれば良いと思うのだけど、感謝教の人たちは、「あの人は感謝が足らない」とか言い出し始めるので、

そこが非常に厄介ではある。

さて、3年ほど前に矢沢永吉のあの有名な著書(といっても糸井重里によるインタビュー記事なんだけど)「成りあがり」を読んだ。

45歳で初めて読んだというのが良かったのか、

かなり衝撃を受けた。

あれからこの本ばかり読んでいる。

他の本も読むには読むが、

時間があればこの「成りあがり」を読んでいる。

思うに、これはビジネス書であり、生き方のヒントが大いに散りばめられている。

好きすぎて、このブログで訴えられない程度に詳細を紹介したいと思っている。

この本は、矢沢永吉がキャロルで成功し、さらにソロ活動で高額納税者となった28歳の独白である。

(以下本の引用は” ”で囲います)

矢沢永吉の幼少期は花登筺の小説でも見かけないくらい「かわいそう」である。

「かわいそすぎ」である。

永吉3歳の頃に母は蒸発、酒浸りの父と2人で過ごすが、

小2の頃にその父と死別、以後祖母と2人で暮らすこととなる。

”死んだ時、わからなかったね。遺体見ても、泣かなかった。涙、出なかった。正直なところ「あれ、死んだの?」って感じだったものな。(中略)死って、そういうものなのよ。”

当然、極貧生活となるわけだが、子どもって本当につらいとき、全てのものを遮断して、自分の世界に生きるのかなと思う。

”遊びっても、スポーツなんて知らなかったよ。サッカーとか、野球とか全く知らん。打率とか、あれ、わかんなかった。ライト、レフト、セカンド、わかってなかった。オレ、ピッチャーわかった。ピッチャー投げるやつ。キャッチャー、受けるやつ。これは知ってた。グローブって、見たことなかったもん。”

本で言ったら10ページくらいの序章で既に涙が出てきた。

つづく

 

 

 

 

ヨガが怖い

昔からパン屋を営んでいる人が怖い。

特に夫婦で営んでいる場合。

ここで言う恐怖はその人たちから僕が受ける恐怖ではない。

逆に僕がその人に対して悪い影響しか与えないと考えること自体が怖いのだ。

ここにあなたがいないのが淋しいのじゃなくて、

ここにあなたがいないと思うことが淋しい。

何度聞いても意味が解らない。

すいません、話逸れました。

「こだわりの天然酵母で焼いたパン」と言われたら、

なにかそのものだけではなくそこに纏っている世界観を自分がぶち壊す気がして、

思わず逃げてしまう。

なので、ボーダーのシャツに頭に丸いポンポンが付いている帽子をかぶったカップルが

目の前から来ただけで道の反対側へ渡るくらいである。

僕がパンの世界で好きなものってイースト菌くらいです。はい

そうした無添加のパン屋さん以外に苦手な物が最近あります。

それは「ヨガ」です。

正確に言うと、「ヨガ教室に通ってるっぽい雰囲気」ですかね。

あの、正式な名称わからないけど、自分用のマットみたいなやつ、

あれをクルクル巻いて可搬式になってるやつ。

あれを4,5人で持って歩いている集団が向こうから来るとやはり道反対に逃げてしまう。

これは上記のパン屋のパターンと違い、

なんというか、独特の同じ感じに啓蒙された集団が単純に怖いという。

みんな月光浴とかするんだろうな、とか、UAのCDが車にあるんだろうな、

など、完全に偏見の塊で見てしまう。

最近、”SUPヨガ”なる存在を知った。

f:id:kkdsaur21:20170123194636j:plain

内容はずばりSUPの上でヨガをするというもの。

理由はいろいろあって、効果などいろいろ読んだが忘れました。

「陸でだめなの?」というのが最初に浮かんだ思いだけど、

SUPも曲がりなりにも海の乗り物なので、

どうしてもSUPヨガの優雅なイメージより、

海上保安庁とか「海のもしもは118番」などがどうしても先に脳裏をよぎってしまう。

ヨガとパンの人すみません。

仕事で言う”チャレンジ”について

f:id:kkdsaur21:20161125095834j:plain

営業成績が落ち込んだとき、

概ね以下に別れる。

①売れているように粉飾してやり過ごす。

②慌てて既存の取引先に連絡する。(御用聞き)

正直こんなんばっかだと思う。

②は人間の本質のようなもので、

「やるゾ!」と気合を入れても自分の手の届く範囲でしか行動はしない。

人間は楽をしようとする生き物なのでそれはそれで仕方ないのである。

今売上が下がってるということは、1年前にサボっていたという証拠である。

1年前に種を全然撒いていなかった結果である。

今頑張って新規開拓をしても結果は1年後にしか出ないのである。

昔、東北から九州まで電話をかけまくり、商談に行きまくった。

その中の会社と実際に取引もしたし、今でも連絡がある。

中には、会社を移籍したのでこちらに連絡しないようやんわり断っても、

「会社ではなく人と付き合っているから」と熱いことを言ってくれる人もいる。

先日なんか、元同僚から「今、福岡の●●という会社と取引してるよ」

って言われ、「その会社、最初に沖縄に引っ張ってきたのオレだし」

みたいな会話があった。

最近、大阪のある会社にいきなりコンタクトを取った、

老舗の重厚な会社に行こうと考えていたときに、ピッタリの会社だった。

年明けに訪問することになっているが、

なんていうんだろう、まだ一度も会ったことはないのに、

一緒に儲けるイメージしか湧いてこない。

過去にそういう実績があるので簡単にイメージできるんだろうと思う。

”飛び込む”という経験は大事だなーと思うし、

今ではそういうドキドキを楽しめる余裕が出てきた。

こういうスタイルを真似て実践する後輩も出てきたし、

沖縄だからと遠慮せずに全国を市場にするべきだと思う。

ITを扱うのであればなおさらの話である。

営業のチームワークは足かせになっても武器にはならない。

ひとりひとりがチャレンジするしか進む道はなく、

チャレンジとは過去の自分ではできなかった、発想しなかった行動を取ることで、

それは必ず結果になる。

読んだ本ではなく自分でその風景を実際に見ているので間違いない。

 

 

霧の浮舟問題

f:id:kkdsaur21:20161208100117j:plain

霧の浮舟というロングセラーチョコレートがある。

本来チョコレートというのは、テンションがあがるものである。

特に昭和世代の我々にとっては永遠にプレミアムな存在である。

いちいちキリマンジャロ的な場所で地元の人が頭上にカゴにカカオを摘んで、

それの時給がどうやら安いみたい、とか考えない。

ましてやそれに引っ張られて、アントニオ猪木がブラジル時代に農園で苦労したことも考えない。

さらには猪木があまりの過酷労働に耐えかねて、醤油を一気飲みして仕事を休もうと考えてたなんて絶対頭に浮かばない。

「醤油を飲むとねフフフ、翌日高熱が出、元気ですかー!フフフ元気があれば醤油も飲める」(アントニオ猪木・談)

 

遠足の前日、リュックに詰めたチョコレートの存在感が遠足そのものを凌駕していた時代。それが昭和。

まさに手段の目的化。

手段の目的化によるさまざまな運用の失敗。

手段の目的化によるKPIの(もういいか)

さて、遙か昔から疑問に思ってしかなたいことがある。

それは”霧の浮舟”のネーミングについてである。

よくわからないが、商品名などは会議かなんかで決まると思う。

ロッテなんて大企業なので、

おそらく、スーツを着た大人20名、北朝鮮の各施設の映像で見るような白衣のアヒルのコックさんみたいな風貌の人が5人、

大体そんな構成に広告代理店の人らが混じってネーミングやらブランディングをするのだと思う。

その上で思う。

なんで”霧の浮舟”という製品名が会議を通ってしまったのか、と。

霧の浮船・・・・

テンションあがるどころか、事件性すら感じるネーミング。

「あっ!浮舟だ」

「お前ちょっと見てこいよ」

「嫌だよ、怖いよ」

海や湖に忽然と浮船があったら誰でもこんな感じになるだろう。

死体がいる確率はそりゃあ桜の木の下の数倍が高いだろう。

なんで霧の浮舟なんだろう。

霧の浮舟は”エアインチョコ”という部類らしい。

昭和生まれなのに格好をつけすぎている感が否めない。

食感がパスパスしているのだから”パスパスしたやつ”でいいんじゃないかと思うのだが、

このパスパスが、あー浮舟の・・・ってならない。

とはいえ、実は筆者はダークなものが大好きなので、

霧の浮舟に関しても大いにやってほしいと思っている。

(なにを大いにやるのかアレだが)

そもそもデスメタル出身デスメタル部屋なもので、

苺のファンシーなデザインの中に悪い予感しかしない浮舟がある世界観が大好きなのである。

皆さんも知っているスウェーデンのドゥーム・メタルバンド”キャンドルマス”の世界観に通じるものがあって大変好ましいと考えている。

え?知らない?

え?家にテレビないんですか?

・・・仕方ない、では彼らのPVを引用してキャンドルマスのこと少しだけ教えます。

f:id:kkdsaur21:20161208102544p:plain

北欧の不気味な森の中、黒尽くめの男たちが棺を持って歩いている。

 

f:id:kkdsaur21:20161208102707p:plain

墓にたどり着きました。北欧は火葬しないようですね。

業者にお願いしないで自分らで棺を運ぶのはいなせです。

 

f:id:kkdsaur21:20161208102900p:plain

墓標にはメサイア・マーコリンという故人の名前。

 

f:id:kkdsaur21:20161208103032p:plain

1993恋をした〜君に夢中〜、なんて思うこともなく、

故人の冥福を祈る黒尽くめの男たち。

 

f:id:kkdsaur21:20161208103205p:plain

あれ?なにやら棺から煙がもくもく出てきましたよ。

 

f:id:kkdsaur21:20161208103305p:plain

どうやらメサイアさんは生きていた・・・というか死んでいなかったようです。

どうなっているんだ北欧の医療システム・・・。

しかし改めて見ると、メサイアさんは近所のパーマ屋のおばさんにしか見えませんね。

 町で会ったら「あんた、刺し身あるから持っていきなさい」なんて声掛けてもらえそうです。

f:id:kkdsaur21:20161208103530p:plain

 

墓から出しなに歌う元気。完全復活といったところでしょうか。

 

f:id:kkdsaur21:20161208103723p:plain

こうして見ても分かるように、メサイアさんは太っています。

デスメタルでヴォーカルがデブというのはこの人が作った文化です。

(その後誰も継承してないけど)

絶対この人ドラム担当だよなーと思っていたらまさかのヴォーカルだった時みたいに一瞬「んっ」てなります。

 

えーと、あ、霧の浮舟の話だった。

まぁいいや。

 

 

 

ナビを探して④

トカラ列島奄美諸島、徳之島、福岡のいろんな島、東北の島、

とにかく沢山の島に行ったことがある。

そしてその島々に着くたびに、

「侘び寂びの世界だなー」と思う。

沖縄にも”島ちゃび”という離島苦を意味する言葉があるが、

沖縄の離島はまだ活気がある。

インフラ整備も本土に比較するとまだまだとはいえ、

沖縄の離島に沢山の予算がつぎ込まれ、

それらが観光資源の活用や地域活性化に活かされていることは、

上記の島々を見ると毎回強く実感する。

与論島

変な話だがとても離島っぽい。

離島然としている離島。

灼熱にさらされるコンテナの山、

閑散とした港周辺の風景、

テンションがあがる要素はゼロ。

がしかし、船を降りればナビがいるし、

よしけんもいる。

我々は下船口から桟橋を見渡した。

遠くからでも一際、男性ホルモンを放射している男がいる。

高指向性ホルモン放射を感じると同時に、

それがよしけんであることは皆すぐにわかった。

隣に教頭先生っぽい人白髪の男性が立っている。

あれがナビなのだろうか。

なんとも言えない感情を抱きつつ我々は桟橋へ降り立った。

f:id:kkdsaur21:20161202105507j:plain

ナビでした。

 

島の男らしい精悍な雰囲気は昔と変わらないナビ。

よしけんも相変わらず温厚そうな雰囲気だ。

久しぶりの再会で盛り上がるが、

とくにあれこれ多くをしゃべるわけでもない。

そういえば昔から一緒にいてもそんなにしゃべらなかったなーということを思い出した。

ちなみに左端のケンボーとも東京で一緒に住んでいたことがあったが、

最低限の会話しかしなかったな。

我々はそんなにおしゃべりではないのである。

この後、よしけんのエスコートによる与論周遊、

大ちゃんが研究用に芋の葉っぱを集める作業(なんだそれ)

を経てナビ宅で再会することとなった。

 

f:id:kkdsaur21:20161202110635j:plain

※右端の人はよしけんこと吉田憲司であり、ムエタイ戦士ではない。

 

 

よしけんはプロテイン事件のときと変わらずおっとりしている。

おっとりしていて天然である。

おっとりしていて天然・・・個人的にはあまり近づきたくないタイプだが、

笑いには事欠かない。

サイジ「おい吉田」

よしけん「吉田?」

サイジ「お前吉田だろ!」

という会話が死ぬほどおかしい。

ナビの近況を聞くと、

今年お母さんが亡くなり、現在お父さんは入院中だという。

車中しんみりしそうになったが、

ルームミラーに映るよしけんの大きい前歯を見ていると、

全然しんみりとはならないのであった。

さぁそろそろナビの家に行くか!

飲むぞー(既に飲んでるけど)

ナビの家はいわゆる古民家で、

入るとすぐにナビに促され今年亡くなったというお母さんの遺影がある神棚へ。

 

f:id:kkdsaur21:20161202111151j:plain

与論島には仏壇がないそうで、大体このように神棚っぽい仕様になっている。

 

その後しばらくはナビ宅の庭でまったりしたり、

キャッチボールをしたりして遊んだ。

なぜ与論まで来てキャッチボールなのか。

それにはある事件が関連しているのである。

<牽制球事件>

その昔、我々草野球チーム「ワイセツ産業」で与論遠征をしたことがある。

地元のチームと親善試合をして、与論献奉で殺されるというツアーである。

我々のチームにかんのりーという男がいた。

かんのりーは、昔、ある大学を受験したことがあるということだけで、

未だに浪人カウントをされ続けている人物である。

今でも皆で会うたびに、

「かんのりー今年で何浪か?30浪くらい?」

と言われ続けている。

恐らく死ぬまで浪人生として扱われるでであろうかんのりーは、

その試合でファーストを守っていた。

試合の中盤だったか、

ランナー一塁で守備をしているときのこと。

ピッチャーのケンボーがファーストへ牽制球を投げたとき事件は起こった。

・・・この状況を文章で説明するのは難しい。

普通、ファーストは牽制球を受けてランナーにタッチをするものなのだが、

その時のかんのりーは牽制球に驚いて牽制球から逃げたのである。

 

なんか・・・考え事をしていたようで。

 

牽制球を投げたケンボーはマウンドから激しくかんのりーを叱責。

 

かんのりー曰く、「ごめんビックリした」

なにそれ。

 

その後、かんのりーの様子が段々おかしくなってくる。

 

試合中、ベンチに座っているかんのりーをふと見たら、

顔が真っ白になって、唇も真っ白になっているではないか。

「おい、前衛舞踏家!」

山海塾!」

我々がツッコむも見る見るかんのりーの生気がなくなっていく。

かんのりーの生きていこうとする力が徐々になくなっていくのが傍から見ていてよくわかる。

かんのりーは試合後、ホテルで翌日まで静養することとなった。

牽制球で具合を悪くしてホテルで寝るためだけに与論島へ行った男かんのりー。

これが我々の間で伝説になっているかんのりー牽制球事件である。

 

次で最終回かわからなくなったけど一応つづく。