8/19の悲しかった話 #1

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小6のときの野球大会前日に肘を脱臼し、大会に出られなかったことがある。

その時は悔しくて泣いた記憶がある。

今回はその時以来の悔しさじゃないかな。

琉大ロック同好会の同窓会なライブイベント。

イベントを知ってから観に行くことを楽しみにしていた。

久しぶりに会いたい人たちもいるし。

 

当日の午前中、森川レンジ(おっ琉大近くだナ)でゴルフ練習をしていたんだけど、

いつもより倦怠感がある気がする。

前日は仕事関係の人らと飲んで、帰宅就寝中に珍しく嘔吐したのだけど、

それってなにか関係あるのかな?

とかなんとか思いつつ、58度のウェッジで80ヤードのショットをひたすら打っていた。

坂田信弘の金言を思い出し、また、坂田信弘はアスリートなのに国語の教師感が強いという疑問を感じながら。

森川レンジの早朝練習は朝日を直接浴びることになるので、

汗だくの滝行状態で家路に着くシステムとなっている。

車内はエアコン全開なのでそれも良くなかったかも知れない。

風呂を浴び、とりあえず体調を戻そうということで寝ることにした。

1時間後目覚めると、完全に体への違和感が。ざわ・・ざわ

どうする?無視するか?自分で自分を騙すか?色々悩んだ挙句、

体温を計ることに(というかこの時点で熱あるのわかるんだけど)

37.9度。

「でっ出ました!」(人を小馬鹿にするときに沖縄の人が使う言い方で)と心でつぶやく。

当日のプランとしては、ライブ2時間前に足立屋で3千ベロのウォームアップをしてライブ会場に入ろうと思ってたのに。

(人見知りだから)

取り急ぎ、家中の冷たいもの(ヤクザ用語ではないやつ)をかき集めてリンパの通り道を冷やす。

脳内では「オーストラリア花嫁失踪事件」とか、昭和の寒々しい事件などを思い出し、

クールダウンに少しでも寄与しようと頑張った。

しかし下がらない。シクシクだよ!(牧瀬里穂

オレの免疫細胞が病原菌にseek and destroyしない。

fxxk!

その虚無感を幾分和らげるために琉大ロック同好会について、ほんの少しだけ絡んだ自分の思い出を書こうかと。

あ、時間ないや。次回書きます。

人生で一回だけオーディションに出たときの話

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オーディションに参加している人がSNSを使って応援をお願いしているのを良く見かける。

便利な時代になったぁとつくづく思う。

しかも最近の人、歌は上手いし演奏上手いし、コンセプトもしっかりしているし、

昔では考えられないくらいレベルが上っていると思う。

ただ、ちょっと前にレゲエユニットみたいな二人組(個人的にはカラオケユニットと呼んでいる)が、ビアガーデンで歌い終わったあとに、客に名刺を配って歩いているのを見た時、それはちょっと違うんじゃないかと思ったけど。

 91か92年くらいだったと思うが、

当時はバンドブームでいろんなレーベル(CD出す会社ね)が乱立していた。

で、ちょうど僕も東京で一旗挙げようと思っている時だったので、

求人誌フロムAが今度立ち上げるレーベルのオーディションというやつに応募してみた。

そしたらなぜか2次審査を通過して本戦に出ることになって、慌てて上京した。

本戦参加者は4組で、個人出場は僕だけだった。

渋谷のスペイン坂の近くにあるライブハウス(っぽい箱)で大会は行われた。

審査員には井上陽水のアルバムをプロデュースしたとか、

大物感漂う人らがいたな。

それぞれ2曲歌うことになっていたので、

僕はオリジナル曲意外に慌てて1曲コピーをして参加したのだが・・・

コピーしたのはThe Missionの”Black Mountain Mist”という曲か、

Death Angelの"a room with a view"のどれかを歌った。

(正直覚えていない)

いずれにせよ、どれも漆黒の闇くらい暗い曲だ。

今考えてもなんであんな曲歌ったんだろう?と思う。

しかもそのオーディションにメジャーデビューしたばかりという、

ToyBoysという結構クソみたいな(失礼)バンドがひゃっほーして場を盛り上げていたのに。

歌を終えると審査員があれこれ言うんですね。

あ、やっぱりオーディションだな、みたいな感じで。

僕が言われたのは主に以下の通り。

・服がダサい

・華がない

・痩せろ

ただただ東京に傷つけられに行ったんだなって。(照)

でもまあ僕にサンボマスターみたいに根性がなかったから音楽ビジネスの世界に入れなかったというだけだけど。

今、仕事で良くプレゼンテーションをするが、

あれも完全にオーディションの空気と言える。

まさか20数年の時を経て東京の経験を活かせるとは思わなかったナー。

 

後日談として。

先に東京に住んでいた弟がたまたまフロムAを見たら自分の兄貴(つまり僕)が

出ているオーディションのレポートが掲載されていてとても驚いたそうな。

その時、弟とは連絡つかない状況だったので、

それをきっかけに東京で会うことができたと言う。

記事ではめっちゃ持ち上げられていましたね。僕。

 

 

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駅で路線図を見ると謎の高揚が始まるときがある。

一番高い(遠い)切符の駅に行きたくなる衝動もあれば、

乗車中、全然降りる予定のない駅で降りたくなる衝動もある。

 

どうせ遠くまで行っても予想通り田舎なのだろうし、

途中で降りても、似たり寄ったりのよくある駅前の風景が広がっているのだろう。

どの駅周辺にも食堂があり、サバの味噌煮がある。

生活文化がパラレルに整然と線路上に続いているが、

ひたすらに線路を進めば少しずつ変化していくと思われる。

醤油が味噌になっていったり、鰹が昆布になっていったり、

便宜上、行政区で分かれているけど、そんなの関係無しに、

このグラデーションを研究できたら楽しそうだなと思う。

映画「エッセンシャル・キリング」のように、

自分が追われるテロリストになったつもりで逃げるように日本の端に行くのも楽しそうだ。

ヴィンセント・ギャロになりきって、新潟あたりまで逃げたい。

もちろん雪は降っていて、しまむらでコートを買うか悩むところだが、

そこで面が割れてしまっては元も子もない。

なのでとりあえず我慢しよう。

その代わり、越乃景虎と塩引き鮭で気を紛らわせる。

逃亡の身で血圧を気にしてはいけない。

ヴィンセント・ギャロが血圧を気にするはずがない。

8名掛けのカウンターしかない飲み屋には、

韓国で仕立てている自慢の革製コートを着たまま、

船越英一郎がひとり静かに呑んでいる。

はりぼてのマンハッタンと松居一代が一瞬脳裏を過る。

バイアグラが問題ではない、飲む量が問題なのだ」

オレは心の中で船越英一郎にエールを送る。

 豪雪が町を無音にしているが、

店内の32インチ画面では東京ドームの歓声が鳴り響いている。

坂本がホームランを打ったようだ。

日本酒で甘ったるくなった口を爽やかにしたい。

黒ラベルを頼むと品切れらしい。

代わりにラガーをもらう。

だけどラガーで十分だと思う。

 

しかし、ヴィンセント・ギャロ 変な映画に出るな・・・。

 

 

波照間島にて

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日本最南端の有人島波照間島

港で2時間船を待つことになった。

閑散としたターミナル内はこの灼熱下においても空調が作動していない。

ときより吹き抜ける風がターミナル内の熱気を申し訳程度に撹拌し、

時計の長い針はさっきから動いていないように思える。

このターミナルに1件だけ飲食店が常設されていて、

その店の店主は一際とっつきにくいオーラを発している。

周辺には飲食店がないので、店主に嫌われることは餓死を意味する。

無愛想な店主に生殺与奪を握られていることは、そこに訪れた者なら

すぐに気付くものである。

ここの店主の口癖は「待て」である。

「すいませーん」

「ちょっと待てよ」

沖縄そばの並ひとつ」

「待てったら」

キムタクかこの店主かというくらいのものである。

オリオンの生ビールを頼む。

フリーザーから取り出したジョッキにビールが注がれ、

手元に届くまでには完全にぬるくなっている。

”秒で”ぬるくなるので慌て飲まなければならない。

「ビールが一番上手い湿度だな」

思わず言った独り言に対し、

「そんなのあるのか?」

店主がツッコんでくる。

どうやら嫌われてはいないようなので、

続けて沖縄そばを注文する。

時計の針は相変わらず動いていないように思う。

昔は色々な本を読んだ影響で、

インテリ層の考え方に随分感化されていたが、

今は真逆の考え方になっている。

無人島に釣りの名人と学者がいたら釣りの名人が生き残るという単純な理屈を今では持つようになった。

「トランプが勝つようなアメリカはアホだ」

こんな意見がバカバカしく感じるようになっている。

店主の深いシワを見ているとことさらそのような考えが強くなる不思議。

地元の名産である泡波をロックで注文する。

店主はロックグラス表面まで波々と泡波を注ぐ。

完全に受け入れられている気がする。

しかし、そんなことで喜ぶなんてよっぽど自分が都会の人間なんだなと思ってしまう。

店主は店以外の時間なにをしているのか気になるところだが、

島に来ると「生きることを生きる」という空気を感じて、

なぜだか不思議だが、自分が恥ずかしくなるような感覚になる。

人間が年をとると土いじりを始めるのが薄っすら分かる気がしてきた。

 

 

 

 

骨汁を北大路魯山人的に語ってみる

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出し殻で作った料理と聞くと少しばかり気がひけるものであるが、

骨の髄にへばりついた肉というのは、骨の旨味までも最後の最後まで取り込んでいると考えると楽しさもひとしおである。

骨汁は深鉢にこんもりと盛るのがよろしい。

塩味と味噌味で好みが分かれるが深酒の後などは塩味のほうが出汁の旨味を堪能できる。

骨からすぐに剥がれる肉を両手で掴んで直接食べるのも大変美味しいが、

剥がれにくい肉は箸でこそぎ落として最後に出汁の効いた汁と食すのもお薦めである。

骨から肉をこそぎ落とす時間帯は誰もが無口になってしまうもので、

接待には不向きと言えよう。

隙間なく埋め尽くされたこの料理はよく見れば3箇所くらいの空間がある。

そこからそれぞれ小さじ1杯程度の生姜を入れるとなおよろしい。

コーレーグースは具に直接かからぬよう、ポンプタイプの入れ物が好ましい。

大量にあった骨があれよあれよとなくなっていく様は大変楽しいものである。

昨今は和洋折衷様々な料理をいろんな店で食べられるようになったけれど、

骨汁は人の原点を思い出させてくれる。

粗末な出し殻を食べる背徳感などは、大いなる食への興味が軽く凌駕するものなのである。

ラッキーというヤツを見た

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エベレスト登頂に成功した人は3,000人以上いるらしい。

例えば、その3,000人に深掘りしたインタビューを行い、

そのビッグデータからエベレスト登頂で得られる感覚を抽出して書籍にした場合、

それを読むと登らなくても何か得られるものがあるかも知れない。

これはいわゆる自己啓発本の類となり、

教えが効率的にキャッチフレーズ化し、

最終的にはお経やおまじないとなり、

登った時にしか得られない”気付き”を仮想的に得る。

そしてそれを繰り返すと人は思考停止になっていく。

 若くしてそうなっている人には心底同情してしまう。

占いなんかもビッグデータを参考にした元祖のようなものだけど、

「あんたのような人はこうなるよ」と言われた瞬間に、

タイムマシンで目の前に現れた未来人からなにか言われたのと同様に、

未来が変わる。

だから目の前のことを一生懸命頑張って、振り返ってアレが良かったとか悪かったとか考えれば良いし、そうじゃない気付きは全て仮想的なものである。

先日、ある居酒屋に入って飲んでたら、隣の席から「●●さん!」と、

僕の名を呼ぶ人が。

驚いて振り返ると、以前の会社在籍時代に取引をしていた会社の人だった。

辞めて以来会ってもいないし、辞める際に挨拶すらしてなかったので、

気まずいなーというのがその瞬間の正直な気持ちだった。

しかし、久しぶりだということもあって、その後大分会話が盛り上がった。

その席で僕は、

「今、大型案件受注に向けて頑張っているので、受注したらAさんの会社に発注しようね」なんて酔いと楽しさに任せてその会社の人に話をした。

それから数週間後、その大型案件受注が決まったので、

すぐにAさんに連絡をして発注する旨を伝えた。

とても喜んでいたし、しつこいほどにお礼を言われた。

この流れは本当に不思議だと思う。

Aさんはこの仕事を取るための努力は一切していない。

ある時、居酒屋に行っただけの話である。

そしたら昔知っている人がいて、その時一回しか会ってないのに、

しばらくしたら電話があって、それが仕事の依頼だったのだ。

これをラッキーと言わずしてなんと言うのか。

ただただラッキーな話でしょう。

僕はそれをただの偶然だと思うし、意味を持たそうとするほどヒマではない。

しかし、人によってはこのストーリーから何かをひねり出す人もいるかも知れない。

そしてそこからひねり出された教義が、

「水曜に居酒屋に行くべし」

「4人掛けのテーブルに座るべし」

になるかも知れない。

過去のデータからラッキーを作るルーティンを開発し、本気でそれを実践する人もいるかも知れない。

なんだろう。僕からすると世捨て人になるための教義、悪魔の教義としか思えないんだが・・・。

 

異業種交流会の不思議

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「こんにちは、私、AIを使ってすっぽん養殖の管理を一元化できるシステムを販売しているどこそこ商事の誰それです。」

「はじめまして、私はどこそこ交差点のなんとかビルでネイルサロンビューティーホニャララを経営している誰それです。」

「あーネイルですかー、女性の世界には疎いもので・・・」

「いえいえ、男性も最近は結構多いんですよ。ヌーノ・ベッテンコートの影響なのかわからないのですが、それよりすっぽん大好きなんです私」

「そうですかー、では今度ネイルのお店行きますので、貴女も私の会社にすっぽんを見に来てくださいよー」

異業種交流会ってこんなイメージであってる?

自社リソースを他社との協業で補い合って互いに成果を出すことをビジネストゥービジネス(B to BまたはB2B)と言う。

例えば、営業系が強い会社と技術系が強い会社が組めば、

大手に負けない体制となり、市場が広がる等の効果がある。

私の仕事は営業だが、仕事の半分くらいはその協業作りに費やしている。

これらは大きな畑の中では同業同士のアライアンスであり、

それを組む際にグラスの底を紙ナプキンで包んで会場のあちこちを歩くことはない。

乾杯もない。

異業種交流というものがある。

あれは元々、異業種の経営者が集まり”経営”という共通言語があることで、

今までなかった発想をシェアしたり、学んだりすることだった。

ところが最近は現場レベルの人間が参加していると良く聞く。

現場レベルの人間にとって、異業種交流とはカスタマートゥカスタマー(C2C)である。

異業種交流会でケーキ屋さんと知り合ったら、せいぜい、そのケーキ屋さんのカタログを自社に持ち帰えるくらいしかできない。その代わり、ケーキ屋さんに自社が開発したカツラのカタログを持って帰ってもらう。

C2Cだから広がりもあるわけない。

ただのお友達なのである。

ただのお友達作りを会社の経費でやるなんて、なんて優しい会社なんだろうと思ってしまうが、なぜ現場レベルの人間が異業種交流好きになってしまうのか。

これは単純である。

楽だからである。そして楽しいからである。

それはなぜか。

そこにはなんのしがらみもないからである。

なんのコミットも責任もないのである。

嫌になったら行かなければ良いだけの話なのである。

「人のために頑張る」という、この局地的な一部中の一部に現実から逃げることができるからである。

なんとなく仕事に打ち込んでいる感が出るので思考停止で気持ち良いのである。

せめて管理者レベルの人間でヒマがある、もしくはやるべきことがマジでわからない人が参加すべきである。

異業種の前にやるべきことは無数にある。